このテーマは、心の修行である。日本の禅には西洋文化にはない日本独自の感性から生まれた考え方、生き方があると思う。 昔は修行というと滝に打たれたり、座禅を組んで瞑想をしたりと、静的なイメージがありますが、現在社会ではまた違った修行の仕方があるのではないかと思います。ただ、共通しているのは、自分をある孤独な状態に置くことが、魂の磨きにつながるということだと思います。
比喩的に表現するなら、コマがゆっくりだとぶれて回りますが、ある程度力強く回ると、まるで止まっているかのように高速回転にもかかわらず、静止しているかのように回る姿でしょうか。
物事がなんとかくうまくいっているときは、このような状態なのでしょうか?
1日の中に、静かに自分だけの時間を設け、自分に向き合い、自分との内面の対話が必要ではないかと思います。魂を開放し、時間にとらわれず、心がフリーになっている時は、まさに禅の心になっているときだと私は思います。
以下のお話は、以前,ファイナンシャルプランナーの従兄弟から教えてもらったお話です。
<縁を生かす>
その先生が5年生の担任になった時、一人、服装が不潔で だらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。 中間記録に、先生は少年の悪いところばかりを 記入するようになっていた。
ある時、少年の1年生からの記録が目に止まった。 「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強もよくでき、 将来が楽しみ」とある。 間違いだ。 他の子の記録に間違いない。 先生はそう思った。
2年生になると、 「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」 と書かれていた。
3年生では、 「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」 後半の記録には、 「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、
4年生になると、 「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、 子どもに暴力をふるう」
先生の胸に激しい痛みが走った。 ダメと決めつけていた子が突然、 深い悲しみを生き抜いている生身の人間として 自分の前に立ち現われてきたのだ。 先生にとっては目を開かれた瞬間であった。 放課後、先生は少年に声をかけた。
「先生は夕方まで教室で仕事をするから、 あなたも勉強していかない?分からないところは 教えてあげるから」 少年は初めて笑顔を見せた。
それから毎日、 少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。 授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びが わきおこった。 少年は自信を持ち始めていた。
クリスマスの午後だった。 少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。 あとで開けてみると、香水の瓶だった。 亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。 先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。 雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、 気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。 「ああ、お母さんのにおい!きょうは素敵なクリスマスだ」
6年生で先生は少年の担任ではなくなった。 卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。 「先生は僕のお母さんのようです。 そして、いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」
それから6年。またカードが届いた。 「明日は高校の卒業式です。僕は5年生で先生に 担任してもらって、とても幸せでした。 おかげで奨学金をもらって医学部に 進学することができます」 10年を経て、またカードがきた。 そこには先生と出会えたことへの感謝と、 父親に叩かれた経験があるから 患者の痛みが分かる医者になれると記され、 こう締めくくられていた。 「僕はよく5年生の時の先生を思い出します。 あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、 神様のように感じます。 大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、 5年生の時に担任してくださった先生です」
そして1年。 届いたカードは結婚式の招待状だった。 「母の席に座ってください」と一行、書き添えられていた。
本誌連載にご登場の鈴木秀子先生に教わった話しである。
たった1年間の担任の先生の縁。
その縁に少年は無限の光を見出し、それを
よりどころとして、それからの人生を生きた。
ここにこの少年の素晴らしさがある。
人は誰でも無数の縁の中に生きている。
無数の縁に育まれ、人はその人生を開花させていく。
大事なのは、与えられた縁をどう生かすかである。
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